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前橋地方裁判所高崎支部 昭和34年(ワ)76号 判決

原告 国

訴訟代理人 河津圭一 外三名

被告 松沢隼人

主文

被告は、原告に対し、金六六九、八七九円およびうち金五四五、〇一〇円に対する昭和三四年九月一日から完済にいたるまで日歩三銭のわりあいによる金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告は、請求の原因をつぎのようにのべた。

「(一)、訴外のパール食品工業株式会社は、昭和三二年六月一七日、資本金三〇〇万円で設立されたものであつて、被告は、右設立の際、発起人の一人であつた。

(二)、そして、右会社の設立は、つぎのようにしてなされた。すなわち、被告が同月一五日頃まず自己名義で富田証券株式会社から金三〇〇万円を借りうけた後、同月一七日、これを株金払込取扱機関たる三菱銀行新宿支店に払い込み、同銀行の払込金保管証明書により右のような設立登記手続きを了したのである。

(三)、しかるに、右払込金全額は、その翌々日である同月一九日には早くも銀行から引き出されて、富田証券株式会社に返済されている。しかも、その後は、他の発起人から五〇万円の払込があつたのみである。

(四)、以上の事実から判断すると、右の三〇〇万円の株金払込は、最初から、右金員を会社の資本金としようとする意図からではなく、ただ会社を形式的に設立させようとする意図だけにもとづいて便宜的に払い込まれたものにすぎない。いわば、それは「見せ金」による株金の払込であつて、実質的には払込とは称しえない。

(五)、したがつて、右訴外会社には、(その後、他の発起人から五〇万円の払込があつたとはいえ)なお、二五〇万円の未払込株金があることとなるから、発起人たる被告は、右会社に対しその払込をなす義務がある。

(六)、ところが、右会社は、昭和三四年五月三一日現在で、昭和三二、三三年度物品税および源泉所得税等合計金六五二、六二七円を滞納している(甲第一号証参照)ほか、同年六月二日になつて昭和三四年度物品税金一、五二〇円をも滞納している。

(七)、そこで、原告は、昭和三四年四月一一日、当時の滞納税金徴収のため、前記のうち、金五三九、八八〇円とこれに附帯する利子税額等について、右会社が被告に対して有する株金払込請求権を差し押え、同月一四日このことを被告に通知し、ついで、同年六月一日および八月二〇日、それぞれ未差押の滞納税金とこれに附帯する利子税等につき交付要求をした。

(八)、そして、右滞納額は、昭和三四年八月三一日現在で基本税額計金五四五、〇一〇円、これに対する同日までの利子税額計九九、一五九円、延滞加算税額金二五、三五〇円、滞納処分費金三六〇円、以上合計金六六九、八七九円となる。

(九)、よつて、原告は、右訴外会社に代位して、被告に対し、右合計金員およびそのうち基本税額については昭和三四年九月一日から完済まで法定の日歩三銭の割合による利子税額に相当する金員の支払いを求めるため本請求におよぶ。」

被告は、つぎのように答弁をした。

「原告の主張事実中、(一)、および(七)の事実は認めるが、(六)および(八)の事実は知らない。その他の事実は否認する。

(a)、(「見せ金」による株金払込は有効)

かりに、原告の主張する(二)および(三)の事実が真実であり、本件株式払込がいわゆる「見せ金」による株式払込であつたとしても、発起人または取締役たる者が払込金を個人的借財の支払いにあてたことにより、或は刑罰をうけ、或は損害賠償の責任を負うは格別、いわゆる「見せ金」であつても株式の払込がなかつたとはいえないし、このような方法による会社設立手続は近年巷間にしばしば行われているところであつて、無効なものとはいいえない。

(b)、(パール食品工業株式会社は第二会社)

かりにしからずとしても、パール食品工業株式会社(以下単に新会社と称する)は、一応形式的には商法の規定によつて設立された会社の外観を呈しているけれども、その内容は、パール飲料株式会社(昭和三一年九月二〇日設立、昭和三二年八月三日解散)(以下単に旧会社と称する)の債務を清算する一手段として、その事業のすべてをそのまま継続した第二会社である。すなわち、新会社は旧会社の営業所たる土地、建物、機械器具、得意先に至るまで引続き、代表取締役も異ならず、発起人、株式引受人も旧会社役員をして当らしめたほか、同人らの一、二の友人知己に依頼して参加してもらつたものであるから、株式引受人としての株金払込の意思もなく、したがつて払込もなく、設立登記に際してはいわゆる「見せ金」の方法によつてこれをすませたものであり、その他創立総会、検査役の調査報告、取締役および監査役の選任、取締役会の決議等にしても形式上形をととのえたまでのことであつて、実質的には、あくまでも新会社設立の形式をかりて旧会社の営業を継続したにすぎない。要するに、新会杜と旧会社とは実質的に同じものなのである。したがつて、新会社には引受株式会社未払込が存する余地はありえない。

(c)、(株式未払金に相当する出損あり)

かりにしからずしとも、新会社設立後において、取締役たる被告および木下金太郎、関三郎、西村忠夫らが引受株式の払込に相当する金員を別途に新会社のため出損している。すなわち、旧会社の機械類は滞納処分で差押えられたため、新会社においてはこれが調達にせまられ、関三郎が一一〇万円、被告が二三万五千円出損してあらたに機械類(一八〇万円)を購入し、また、被告は新会社のため他より八〇万円を借りうけ、これを新会社に出損している。このような次第であるから、新会社の資本は充実し未払込株式が存するとはいいえない。

(d)、(株式払込請求権は一身専属権なり)

かりにしからずとしても、商法第一九二条第二項の規定する発起人の義務、換言すれば、会社の発起人に対する株金払込請求権は、資本団体たる株式会社の資本を充実せしめる必要から、特に与えられた特別の請求権であつて、会社と発起人間の特別関係にもとずき発生し、会社を離れて独立の存在を有するものではなく、したがつて、その権利行使のごとき会社だけがこれを取得しうべきものであつて、該権利を行使すると否とは、その性質上、権利者たる会社の意思のみにより決することをうる民法第四二三条第一項但書にいうところの一身専属の権利と解すべく、それは他の会社債権者の代位行使を許さないものといわなければならない。

(e)、(結論)

したがつて、いずれの観点からするも原告の請求は棄却さるべきである。」

原告は、被告の右主張事実を否認した。

証拠〈省略〉

理由

請求原因(一)の事実は当事者間に争がない。同(二)ないし(三)の事実は、成立に争のない甲第四号証、第一二号証、第一三号証、第一五号証、証人渡辺淑夫の証言等によつて明らかである。そして、右認定した事実および弁論の全趣旨(被告の主張自体)を総合すれば、被告のなした三〇〇万円の株金払込は、最初から、右金員を会社の資本金としようとする意図からではなく、ただ会社を形式的に設立させようとする意図だけにもとづいて便宜的に払い込まれたものにすぎないことが明らかである。したがつて、右株金の払込は、いわゆる「見せ金」による株金の払込であつて、実質的には払込とは称しえない。被告は、しからざる旨の主張するけれども、その論旨は採用できない。

つぎに、証人西村忠夫、同木下金太郎、同関三郎、同片山満治の各証言と被告本人尋問の結果を総合すれば、パール食品工業株式会社(新会社)は、以前存在し営業不振となつたパール飲料株式会社(旧会社)の債務を清算する一手段として設立されたいわゆる第二会社であつて、その人的物的構成とも旧会社とほとんど同一であり、したがつて、右新会社の設立に関する諸手続もすべて形式的に行われたものであることが認められる。しかして、被告は、かかるが故に新会社においては、いわゆる「見せ金」による株金の払込も許さるべく、引受株式の未払込が存する余地はありえないと主張するけれども、たとえいわゆる第二会社であつて新会社と旧会社とは、経済的には実体が同一であろうと、法律的にはそれぞれ全然別個の人格を有するものであるから、第二会社たる故をもつて、未払込株式の存在、すなわち、資本充実の原則に対する例外が許さるべきものではない。

さらに、被告本人尋問の結果によれば、新会社成立後において、取締役(発起人)たる関三郎および被告らが出損して一八〇万円余の機械類を新会社のため購入し、また、被告は、他より八〇万円を借りうけ、これを新会社のため出損していることが認められる。そして、この点についても、被告は、右のごとく発起人であつた者から未払込株金額以上の出損がなされたのであるから、資本は充実し未払込株式が存するとはいいえないと主張している。しかし、もともと株式会社における資本とは、各株主の出損による基金の総和であつて、現実に会社の有する資産とは別個の観念であるから、たとえ経済的意味において、他人からの現物の贈与や借入金等によつて会社の資産が増加しても、法律的には資本が増加充実したということにはなりえない。したがつて、この点においても被告の主張は排斥さるべきである。

しかして、請求原因(六)ないし(八)の事実(ただし(七)は争なし)は成立に争のない甲第一号証、第三号証の一、二、第八号証ないし第一〇号証、第一五号証によつて認めることができる。そして、被告は、商法第一九二条第二項の規定する発起人の義務、換言すれば、会社の発起人に対する株金払込請求権は、民法第四二三条第一項但書にいうところの一身専属の権利だから代位行使しえないと主張している。しかし、元来、商法第一九二条は、株式会社の資本を充実せしめる必要、すなわち資本充実の原則から規定されたものであるが、この資本充実の原則こそ会社債権者を保護せんがためのものであつて、この原則があるために会社債権者は、債権者代位権によつて会社資本の充実を図ることができるのである。したがつて、被告の右主張は、まつたく本末を転倒した議論であつて到底採用することはできない。

はたしてしからば、被告の抗争するところはすべて失当であつて、パール食品工業株式会社に代位して被告に対し、金六六九、八七九円およびそのうち基本税額たる金五四五、〇一〇円については昭和三四年九月一日から完済まで法定の日歩三銭の割合による利子税額に相当する金員の支払を求める原告の請求は、正当であるから認容し、訴訟費用は、敗訴した被告に負担せしめて主文のように判決する。

(裁判官 草野隆一)

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